感情アートを作って思いました。
やっぱり自分の思考を人に伝えるのって楽しいです。
私は妄想好きで、物事を色々と自分に都合よく考えるのが得意です。
人の数だけ世界観がある。
そのうちの一つに、こんな物の見方をしている人がいる。
という話です。
私が書いていて楽しかったらシリーズ化しようとか思っていますが、気まぐれなのでわかりません。
今回は『嫌なあの人』を私はどう思うか、と言う話です。
働かない蟻の話から嫌なあの人の存在を探る
働かない蟻の話は有名ですよね。
- 働きアリのうち、よく働く2割のアリが8割の食料を集めてくる。
- よく働いているアリと、普通に働いている(時々サボっている)アリと、ずっとサボっているアリの割合は、2:6:2になる。
- よく働いているアリ2割を間引くと、残りの8割の中の2割がよく働くアリになり、全体としてはまた2:6:2の分担になる。
- よく働いているアリだけを集めても、一部がサボりはじめ、やはり2:6:2に分かれる。
- サボっているアリだけを集めると、一部が働きだし、やはり2:6:2に分かれる。
引用:Wikipedia
つまり働かない蟻を集団から追い出しても、また別の蟻が働かなくなる。
前に勤めていた会社でこんなことがありました。
私がその会社に入る直前に、当時の部長がパワハラで飛ばされたそうです。
部署一丸となって上に抗議して飛ばされたとか、そんな話を聞きました。
私が入って業務に慣れて周りが見えるようになった頃には、パワハラの鬼のような社員が部署を揺るがしていました。
私もそのパワハラの鬼とは、直接仕事で絡むことが多かったので、バッチバチにやられました。
でも言われた事って『全部私に必要な事』だったんです。
その人が求めるものをどんどんこなしていったら、私かなりレベルアップできるな!ってそう思いました。
それでね、私、働かない蟻の話を思い出しちゃったんです。
働かない蟻をつまみ出しても、また別の働かない蟻が集団の中に現れる。
それはその集団を維持するために必要だから。
この鬼のようなパワハラ社員も、その前にいたというパワハラ部長も
『その部署を維持するために必要だから現れた』のかもしれないなーって。
クラスの中にもリーダーみたいな、みんなを引っ張るタイプと、その周りに集まる目立つ人が数人いて、目立つのが嫌いな子が数人いて、そのどちらでもない子が数人いて、そのバランスってなぜかしっかり取れていたような気がするの。
そして誰かがいなくなっても、また別の誰かがそのポジションに収まったりして、なぜか大きくバランスを欠くことってないような気がする。
だから私は思う。
人は無意識のうちになんらかの『役割』を引き受けてる。
だから集団の中にいる嫌なあの人も、役割を引き受けて皆を引っ張っているだけなんだって。
その人の言うことが突き刺さったなら、そこに相手の意地悪があるわけではなく、そこに自分の弱点があるよと教えてくれただけのこと。
私は人の言う『嫌なあの人』がいつも、嫌な奴の仮面を被った仙人に見えているんだ。
そして仙人に気付かされる自分の弱点を克服していくとね
フォッフォッフォッ
よく気づいたのう
気づいたお主は次のステージに行きなされ
って、大体新しいステージに入るんだよ。
その弱点は言われたことがそのまんまの時もあるし、別の角度から考えないと気付けないこともあるんだ。
でも相手に対して『嫌だな』って思ったってことは、何かしら自分の中に、弱点が潜んでいるってことなんだ。
それを教えてくれてるの。
って言うのが、嫌なあの人を見ている私の世界。
だから結構私の頭って平和なの。
嫌なあの人も、めちゃくちゃ鼻につくあの人も、皆『私のために存在してくれている』。
言葉にするとなんて自己中なんだぁぁぁ
だからね、私も人と話すときに無意識に口が滑るというか、
もしかしたら言い方悪かったかも!とか、傷つけること言ったかもしれない!って思うことがあるんだけど、もしそれが相手に刺さったのなら、それは相手の弱点を教えただけのことだからあまり気にしないようにしようって思う。
・・・それでも結構クヨクヨするけどさ。
だから嫌なあの人も家に帰ってから、クヨクヨしているのかもしれない。
どうして自分はあんなことを言ったのだろう!って。
と言う私の脳内でした。おしまい!